柚子ゴーゼ、山椒ウィット、椎茸ポーター──日本のクラフトビールが「和の食材」で世界の注目を集めている

柚子ゴーゼ、山椒ウィット、椎茸ポーター──日本のクラフトビールが「和の食材」で世界の注目を集めている

世界のクラフトビール市場が成熟期を迎え、「新たな差別化」を探すなかで、日本の醸造家たちが出した答えは、意外なほどシンプルだった。足元にある食材を使う。ただ、それだけである。

IPAの先へ、テロワール・ビールの台頭

アジア太平洋のクラフトビール市場は、いまも二桁台の成長率を維持しているとされる。だが数字の裏側では、構造的な変化が進む。アメリカ発のIPA一辺倒だった流れが、その土地の食文化に根ざした「テロワール・ビール」へと移りつつあるのだ。

その動きが目立つ国のひとつが、日本である。醸造所は全国で500を超えた。ただ、注目すべきは量の拡大ではなく、質の変化のほうだ。

三つの「和」

象徴的なのが、和の食材を大胆に取り込んだ三つのスタイルである。

一つ目は柚子ゴーゼ。ドイツ発祥の、塩味を帯びた酸味のあるビールに柚子を合わせる。柚子の精油に含まれるリモネンなどの香気成分が乳酸発酵由来の酸味と出会うことで、梅干しを思わせる複雑な風味が生まれる。塩味、酸味、柑橘香。日本の食卓では当たり前の三要素が、ビールのなかで再発見されている。

二つ目は山椒ウィット。コリアンダーとオレンジピールを使うベルギーの白ビールに、山椒のしびれを重ねる。山椒のサンショオールが舌に与える、しびれるような刺激と、小麦由来のなめらかな口当たりが、緊張感のあるコントラストを生む。ベルギーのビール文化と日本の食文化が、ひとつのスタイルのなかで対話する。

三つ目は椎茸ポーター。ローストした麦芽の焦げた香りに、椎茸のうま味成分グアニル酸を掛け合わせる。乾燥椎茸の出汁を仕込みに加えるこの手法は奇抜に見えるが、グアニル酸とメイラード反応の生成物との相性は、分子レベルで理にかなっている。日本で体系化されたうま味という味覚が、黒ビールにさらなる奥行きを与える。

発酵という共通言語

ここで見逃せないのは、これがビールだけの話ではないことだ。

柚子ゴーゼの乳酸発酵は、日本酒の山廃仕込みと、乳酸が風味形成に関わるという点で通じ合う。椎茸ポーターのうま味設計は、味噌や醤油に見られる、発酵でうま味を引き出す思想と通じる。山椒の使い方は、薬膳や和漢の伝統と地続きだ。

つまり日本のクラフトビールは、ゼロから何かを発明しているのではない。長い時間をかけて蓄えてきた発酵と食の知恵を、ビールという新しい器に「翻訳」しているにすぎない。

バンコクに向けたひとつの問い

この潮流は、バンコクの食の現場にとっても他人事ではない。タイには独自のハーブ文化がある。レモングラス、コブミカンの葉、ガランガル。これらがクラフトビールに応用される未来は、日本の事例が示すとおり、十分に現実的だ。

日本のクラフトビールが和の食材で「日本らしさ」を描いたように、タイのクラフトビールがタイの食材で「タイらしさ」を描く日は、そう遠くないのかもしれない。そのとき、発酵という共通言語が、日本とタイの食文化を新しい形で結び直すことになる。


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