
気候変動がワインの世界地図を書き換える──伝統産地の危機と「北方シフト」が問い直すテロワールの意味
ブルゴーニュの収穫日が、30年前より2週間早い
フランス・ブルゴーニュ地方の収穫開始日は、この30年間で平均2週間ほど前倒しになっている。ボルドーでも事情は同じである。かつて10月の風物詩であったヴァンダンジュ(収穫)は、いまや8月末に始まることも珍しくない。
これは単なる農事暦の変化ではない。ブドウの糖度上昇はアルコール度数の高騰を招き、酸味の低下はワインの骨格を崩す。ヨーロッパの研究チームが2024年に発表した論文は、産業革命前から地球の平均気温が2℃上昇するシナリオにおいて、スペインの65%、イタリアの68%にあたる伝統的ブドウ栽培地が「気候的に不適」となる可能性を示した。温暖な伝統産地(リオハ、キャンティ、バロッサ・ヴァレーなど)が直面しているのは、数世紀にわたって築かれたテロワールの根本的な書き換えである。
北へ動く栽培適地:イングランド、北欧、そして北海道
しかし、危機の裏側には新しい地図が描かれつつある。
気候モデルの予測によれば、今世紀末までにヨーロッパのブドウ栽培適地は、緯度で約8度分北上し、適地の90%以上が北緯44度から56度の間に集中する。すでにイングランド南部では、シャンパーニュと同じ白亜質土壌を活かしたスパークリングワインが国際的な評価を獲得しており、スティルワインへの挑戦も加速している。ノルウェー、フィンランドといった北欧諸国でも、畑の開拓が進む。
日本国内でも同様の構造変化が起きている。農研機構の研究は、1998年頃の気候シフト以降、北海道全域が高級赤ワイン用の品種であるピノ・ノワールの栽培適温域に入ったことを明らかにした。東北大学の研究でも、東北北部や標高の高い中部地方の山間部で栽培適性度が大きく向上する可能性が示されている。
余市のドメーヌ・タカヒコという象徴
この北方シフトを象徴する造り手のひとつが、北海道余市町のドメーヌ・タカヒコである。
2010年、曽我貴彦氏が栃木県のココ・ファーム・ワイナリーでの経験を経て、余市町登町に自身のドメーヌを構えた。設立当初から品種をピノ・ノワール一本に絞り、自然酵母による発酵を採用し、人為的な介入を最小限にとどめる醸造方針を貫いてきた。フラッグシップ「ナナツモリ ピノ・ノワール」は、ブルゴーニュの一級畑と比較される文脈で語られる日本ワインの一本として、国内外のソムリエやワイン愛好家の知るところとなっている。
ドメーヌ・タカヒコの存在は、単に一つの銘柄を生み出したという話にとどまらない。曽我氏は若い醸造家たちに自身の畑を「研修の場」として開き、独立を後押ししてきた。その結果、余市町とその周辺には新世代のワイナリーが次々と誕生し、地域全体が「日本のピノ・ノワール地帯」として国際的に認知される流れが生まれた。気候変動が開いたフロンティアに、ひとりの造り手の哲学が触媒として作用した好例である。
岩見沢、富良野、そして奥尻島。北海道のなかでも、ブドウ栽培の新しい候補地で試験栽培が次々と進められている。「寒すぎる」と長らく敬遠されてきた土地が、いま日本ワインの主要な舞台のひとつになりつつある。
適応の最前線:古い知恵と新しい技術
伝統産地は手をこまねいているわけではない。
キャノピーマネジメント(葉の管理による日射制御)、収穫時期の柔軟な調整、そしてRDI(制限灌漑)といった栽培技術の革新が進む。土壌水分センサーや自動気象ステーションを活用したスマート農業により、ブドウ樹の水ストレスをリアルタイムで把握し、灌漑の精密な制御が可能になった。
品種の選択にも変化が表れている。ボルドーでは2021年、AOC規定において、トゥリガ・ナシオナルやアルバリーニョといったポルトガル・スペイン系品種の使用が正式に認められた。数百年間守られてきた品種規定が変わるという事実そのものが、事態の深刻さを物語る。
産業全体の取り組みも加速している。2019年に設立されたIWCA(International Wineries for Climate Action)には、14カ国から170以上のワイナリーが参加しており、業界全体の脱炭素化を推進している。2026年末までにスティルワインのボトル重量を平均420グラム以下に抑えるという合意は、輸送時のCO₂排出削減を見据えた具体策のひとつである。
バンコクのワインリストが変わる日
この地殻変動は、バンコクのF&Bシーンにも無縁ではない。
タイのプレミアムワイン市場を支えてきたのは、フランスやイタリアの名門産地の銘柄である。しかし、気候変動がこれらの産地の生産量や品質の安定性を揺るがすなら、調達の多様化は避けられない。イングランドのスパークリング、北海道のピノ・ノワール、さらには標高の高い新興産地のワイン。バンコクの飲食店がワインリストを構成する際の選択肢は、今後10年で大きく変わる可能性がある。
とりわけ注目すべきは、「テロワール」という概念そのものの拡張である。テロワールは土壌、気候、地形、そして人間の営みの総体を指す言葉だが、気候が急速に変化する時代において、その定義は「数百年の蓄積」から「変化への適応力」へと重心を移しつつある。新興産地のワインを「歴史がないから」と退ける時代は終わりつつあり、むしろ「今、この土地で、この気候で、何が最善か」を模索する造り手の姿勢こそが、現代のテロワールを形作る。
発酵文化の観点からも、この動きは示唆に富む。気候変動は土着酵母の分布を変え、発酵のプロセスそのものに影響を及ぼす。ワインに限らず、日本酒、焼酎、味噌、醤油。微生物の働きと気候条件に依存するすべての発酵食品の造り手が、同じ問いに向き合うことになる。
テロワールは「守るもの」から「つくるもの」へ
世界のワイン地図は、いま書き換えられている最中である。それは伝統産地の衰退という単純な物語ではない。危機に直面した造り手たちは、古い知恵と新しい技術を組み合わせて適応している。同時に、新しい土地では新しい挑戦が始まっている。その動的なプロセス全体が、2026年のワインの現在地である。
余市の畑で曽我貴彦氏がピノ・ノワールの房を見つめる時間と、ブルゴーニュの造り手が早まる収穫日と向き合う時間。遠く離れた緯度で同じ問いに向き合う両者の姿こそ、いま「テロワール」という言葉が指している現場である。
バンコクのワイングラスの向こう側で起きている、この静かで巨大な地殻変動。それを知ることは、次の一杯をより深く理解することにつながるはずである。
This article is intended solely to explore the structural transformation of the global wine industry under climate change, including the northern shift of grape-growing regions and the emergence of Hokkaido and Domaine Takahiko as a symbolic case in Japan, and is not intended to promote or encourage the consumption of alcohol. / บทความนี้จัดทำขึ้นเพื่อนำเสนอข้อมูลเกี่ยวกับการเปลี่ยนแปลงเชิงโครงสร้างของอุตสาหกรรมไวน์ระดับโลกภายใต้การเปลี่ยนแปลงสภาพภูมิอากาศ การเคลื่อนตัวขึ้นเหนือของพื้นที่ปลูกองุ่น และการเติบโตของฮอกไกโดและ Domaine Takahiko ในฐานะกรณีสัญลักษณ์ของญี่ปุ่น เท่านั้น มิได้มีเจตนาเพื่อส่งเสริมหรือโฆษณาเครื่องดื่มแอลกอฮอล์ สำหรับผู้มีอายุ 20 ปีขึ้นไป โปรดดื่มอย่างรับผิดชอบ
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