世界のバー調査に見る日本のウイスキー——ニッカ フロム・ザ・バレルと、100年の歩み

世界のバー調査に見る日本のウイスキー——ニッカ フロム・ザ・バレルと、100年の歩み

100年前、日本にはまだ、本格的なウイスキーが存在しなかった。

いま、世界の名だたるバーがウイスキーを選ぶとき、その視線の先に日本がある。英国の酒類専門誌 Drinks International が2026年に発表した年次調査「Brands Report」によれば、世界のトップバーを対象に「一番売れている world whisky はどこの国のものか」と尋ねたところ、回答したバーの73%が「日本」と答えた。同じ調査では、その world whisky のなかで最も多く名前の挙がった銘柄として、ニッカウヰスキーの「フロム・ザ・バレル」が報告されている。

world whisky(ワールドウイスキー)とは、スコットランド・アイルランド・アメリカ・カナダといった伝統的な生産国の外で造られるウイスキーの総称で、日本もこの枠に含まれる。長く「本場の外側」と見られてきたこの枠の中心に、いま日本のウイスキーが立っている。

では、本格的なウイスキーを持たなかった国が、どうやってここまで来たのか。その道のりは、ひとりの男の歩みから始まった。

竹鶴政孝。広島の造り酒屋に生まれた彼は、1918年、ウイスキーの造り方を学ぶためにスコットランドへ渡る。グラスゴーで化学を学び、蒸溜所の現場に立ち、製法を一冊のノートに書き取った。日本へ持ち帰ったのは、技術だけではない。この国でも本物のウイスキーは造れる、という確信だった。1934年、彼は北海道の余市に自らの蒸溜所を建てる。これが、のちのニッカウヰスキーへとつながる始まりである。

「フロム・ザ・バレル」が生まれたのは、それから半世紀後の1985年だった。モルト原酒とグレーン原酒など、複数の原酒を混ぜ合わせるブレンデッドウイスキーである。ただし、この一本が独特なのは、ブレンドしたあとにもう一度樽へ戻し、原酒どうしを時間をかけてなじませる「マリッジ」という工程を挟む点にある。名前の「フロム・ザ・バレル(樽から)」は、この樽での仕上げに由来する。瓶詰めの度数は51.4度。あえて加水を抑え、樽のなかで育まれた力をそのまま届けたいという造り手の姿勢が、この数字に表れている。

なぜ、いま世界のバーがこの一本を選ぶのか。バーテンダーにとって、ウイスキーは、それ単体でも成立する蒸溜酒であると同時に、他の素材と組み合わせるための土台でもある。個性が強すぎれば相手を選び、弱すぎれば消えてしまう。複数の原酒をなじませたフロム・ザ・バレルは、強すぎず弱すぎない中庸の位置で、香りの厚みと扱いやすさを両立させる。Drinks International の調査は、実際に一番売れた銘柄(best-selling)と、いま勢いのある銘柄(top-trending)を分けて集計している。同誌によれば、今回日本のウイスキーの名が挙がったのは、話題性の側ではなく、実際に売れた銘柄の側だという。

かつて、日本はウイスキーを輸入し、その文化を学ぶ側だった。100年を経て、世界の一流バーの動向を映す調査に、日本の名が並ぶようになった。その一本を、いまバンコクの地で紹介できること。それは、日本の酒を海外へ届ける側にとっての、静かな手応えでもある。

一本のウイスキーの背後には、スコットランドへ渡ったひとりの男から始まる100年がある。それを知ることは、この一本の見え方を確かに変える。


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