「もったいない」から始まった――奈良「あらごし梅酒」、捨てられるはずだった果肉が梅酒に戻るまで

「もったいない」から始まった――奈良「あらごし梅酒」、捨てられるはずだった果肉が梅酒に戻るまで
連載「和酒の階段(The Sake Staircase)」第5話|第3段:梅酒①

第2段の焼酎では、鹿児島の「だいやめ」で日本酒とは異なる道へ進む焼酎を、新潟の「宜有千萬」で酒粕がもう一度酒に生まれ変わる道を辿った。焼酎の段にはまだ辿りきれていない道もあるが、開幕までには紹介すべき段が残っている。ここで階段を一段登る。第3段は、梅酒。醸すのでも、蒸留するのでもない。果実と時間を、糖とアルコールのなかに閉じこめる保存の技術の段である。

梅酒の造りは、日本酒とも焼酎とも根本から異なる。それ自体は発酵も蒸留もしない。すでにできあがった酒に青梅と糖を漬け込み、数か月かけて果実の酸味と香りを液体へ移していく。頼るのは、糖がつくる浸透圧と、アルコールの抽出力と、時間である。旬の短い青梅を、長く保存できる酒の姿に変えるこの方法は、日本では家庭でも受け継がれてきた。酒税法の分類ではリキュールにあたるが、造りの原理は、それだけでひとつの段を成している。

その梅酒で、新しい製法をひとつ生み出した蔵が奈良県葛城市にある。1893年、初代・吉田熊太郎が創業した梅乃宿酒造である。敷地の梅の古木にちなむ名を持つこの蔵は、百年あまり日本酒を醸したのち、2001年にリキュールの製造免許を取得して果実の酒へ踏み出した。

梅酒を仕込むと、あとに大量の梅の実が残る。それは、風味の多くを液体へ譲り渡した漬け込み後の果実である。かつてこれらは産業廃棄物として、費用を払って処分されていた。しかし蔵人たちには、まだ食べられる果実を捨てることへの後ろめたさが拭えなかったという。ジャムへの加工など試行錯誤を重ねた末にたどり着いた答えは、拍子抜けするほど単純だった。種を丁寧に除き、果肉をすりつぶして、もう一度梅酒の中へ戻す。2007年7月、こうして「あらごし梅酒」が生まれた。果肉の入った梅酒は今では珍しくないが、その先駆けとされる一本である。

一升瓶(1.8リットル)一本に、梅およそ18個分。種を除いた果実をペースト状にし、細かく漉しきらずに合わせるため、液体は白く濁り、とろみを帯びる。ただ、この果肉は、別の果実を新たに加えたものではない。梅酒の漬け込みに使われた梅そのものが、果肉の姿で戻ってきたものである。ベースは日本酒、醸造アルコール、スピリッツの三種を合わせる設計で、ここにも日本酒蔵としての来歴がうかがえる。果実の食感を活かす発想はその後、「あらごしゆず」「あらごしりんご」「あらごしれもん」などへ広がっていった。

同じ梅酒でも、設計の向きはさまざまである。長い熟成で澄んだ琥珀色へ磨き込んでいく造りがあれば、あらごし梅酒のように果実の密度をそのまま残す造りもある。どちらが優れているということではなく、同じ保存の技術から伸びた別々の枝である。この段では、その「向き」の違いがそのまま目印になる。

こうした設計は、品評会でも評価されてきた。あらごし梅酒は2017年の全国梅酒品評会でにごり梅酒部門の銀賞を、2022年にはロンドンのインターナショナル・ワイン&スピリット・コンペティション(IWSC)で銀賞を受けた。蔵全体としても、持続可能な経営を対象にした2025年のサステナグロースカンパニーアワードで100年企業賞を受けている。捨てるはずだった果実が、同じ酒の中へ戻り、輪が閉じる。二十年近く前のこの答えは、現在の言葉で言えばフードロス削減の実践として捉え直すことができる。

こうした和酒の造り手がバンコクに集うのが、2026年8月28日から30日までQSNCC(クイーン・シリキット国際会議場)で開かれる乾杯タイランド2026である。日本酒から焼酎、梅酒、クラフトジンまでの造り手が一堂に会するこのイベントに、梅乃宿酒造も参加蔵のひとつとして名を連ねている。

蔵元の物語をゆっくり辿るならSalon du Japonisant、プロの視点による品揃えと知識に触れるなら伝統的な酒販店のNadaya Saketenという選択肢がある。

開幕まで、あと47日。階段は、次の一段へ続く。


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