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搾り終えた後に残るものが、ミシュラン星付きレストランの厨房を動かしている——酒粕が世界のガストロノミーで食材に昇格しつつある2026年の静かな潮流

搾り終えた後に残るものが、ミシュラン星付きレストランの厨房を動かしている——酒粕が世界のガストロノミーで食材に昇格しつつある2026年の静かな潮流

日本酒を造るとき、必ず「残るもの」がある。

米、米麹、水、酵母が混ざり合い、長い時間をかけて醸され、最後に槽(ふね)で搾られた後、タンクに残るのが酒粕だ。白く、柔らかく、独特の発酵香を持つそれは、長く「酒造りの副産物」として扱われてきた。日本の家庭では粕汁に仕立て、粕漬けに使い、冬の鍋に加えてきた。しかし、海外のシェフが初めてこの素材に触れたとき、多くが同じ疑問を抱いたという。「これは、なぜ今まで料理に使われていなかったのか」と。

酒粕という素材の実像

酒粕の発生量は原料米の量や搾り方によって変わるが、日本酒の仕込みでは相応の量の酒粕が生じる。全国で年間生産される酒粕は、各種統計では数万トン規模とされ、その多くが加工食品や農業用途に回る一方、一部は廃棄されたり、低付加価値のまま流通したりしているとされる。

しかしこの「廃棄候補」の素材には、アミノ酸(グルタミン酸・アスパラギン酸などの旨味成分)と各種酵素が豊富に含まれる。アルコール分は搾り方にもよるが概ね8%から12%が残留し、適切に管理すれば保存性も比較的高い。料理の世界で「旨味の増幅剤」として機能しうる条件が、もともと備わっていた。課題は、それが十分に「食材」として認識されてこなかった点にある。

酒粕が料理で力を発揮する理由

酒粕が料理人を引きつけるのは、酒粕が「すでに分解が進んだ素材」だからである。麹菌は醸造の過程で米のデンプンやタンパク質を部分的に分解し、糖やアミノ酸、そして多様な酵素を残す。この酵素群が、肉や魚に触れたときにタンパク質をやわらかくし、潜在的な旨味を引き出す。粕漬けにした魚がしっとりと熟成し、香りを深めるのは、この働きによる。酒粕は調味料であると同時に、素材そのものを変化させる「生きた道具」でもある。

2010年代後半以降、世界の厨房で発酵そのものへの関心が高まるなかで、こうした酒粕の力が改めて見出されていった。日本では古くから知られていた素材が、発酵を高度な調理技術として捉え直す国際的な潮流のなかで、「未開拓の旨味素材」として再発見されたのである。

東京では、ミシュラン星付き店の料理人が酒粕を活用する例も見られるという。粕漬け(魚や野菜を酒粕に漬け込む技法)は江戸期から続く保存食の技法だが、現代の料理人はその応用範囲を大きく広げている。たとえば、酒粕を裏ごしして酢と合わせたソース、酒粕入りのパン種、酒粕ベースのアイスクリームなどである。こうした応用は、酒粕の「旨味と発酵香」を現代料理の文脈に翻訳した試みとして位置づけられる。

海外のシェフが蔵元に関心を寄せ始めた

ニューヨークでは、日本料理の技法を取り入れたモダンアメリカン系のレストランが、酒粕をマリネベースや発酵バターの原料として実験的に採用する動きもあるという。「白身魚の粕漬けグリル」「酒粕とクリームチーズのディップ」といった応用が、シェフの間で話題にのぼることもあるという。

ロンドンのナチュラルワイン文化圏では、酒粕と天然酵母を組み合わせた「ハイブリッド発酵プロジェクト」を発表するバー・レストランが登場した。醸造の言語を共有しているためか、ワインの世界から発酵食材への関心は高く、酒粕はその接点として機能しやすいと評価されている。

コペンハーゲンでは、Noma出身者が独立後に開いたレストランが日本の蔵元と直接連絡を取り、酒粕の輸入ルートを探る動きもあるという。北欧の発酵研究者と日本の蔵元が結びつくこの構図は、かつて醤油が欧米の食文化に広がっていった過程に重なる部分がある。

タイ料理文化と酒粕の親和性

バンコクの外食市場に目を向けると、日本食と発酵食材への関心は2020年代を通じて一貫して高まってきた。日本食レストランの数は東南アジアでも有数の規模とされ、ミシュランガイド・バンコク版には複数の和食系レストランが名を連ねる。

こうした市場環境の中で酒粕が注目される理由の一つは、タイの食文化が元来「旨味と発酵」に高い親和性を持っている点にある。ナンプラー(魚醤)、カピ(エビペースト)、パダック(発酵魚)。タイ料理が日常的に扱うこれらの食材は、発酵によって旨味を増幅するという点で、酒粕と共通している。タイ人シェフが酒粕を「見知らぬもの」ではなく、「違う形の発酵」として受け入れる素地が、すでに食文化の中に育っている。

バンコクのクリエイティブダイニングのレストランでは、外国人シェフを中心に日本由来の発酵素材を積極的に取り入れる動きが続いている。酒粕は、日本酒の仕入れルートを持つ業者が扱いやすい副産物でもあり、調達のハードルは米麹そのものよりも低いとされる。

「副産物」を「食材」に変換する思考

ガストロノミーの世界における酒粕の再評価は、単なるトレンドではない。それは、食材の「価値の再定義」という大きな流れの一部である。

かつてネガティブな文脈で語られた素材、たとえば葡萄の搾りかす(グラッパの原料)や、クラフトビール醸造後に残る麦芽かす(堆肥への利用)が、蒸留・発酵・調理の技術によって高付加価値に転換されてきた歴史がある。酒粕がたどるのは、その延長線上の道である。

日本の酒蔵も「酒粕の高付加価値化」を戦略として意識し始めている。新潟、山形、兵庫などの一部の蔵では、製造した酒粕を飲食店や食品メーカーに直接販売するルートを開拓しており、酒粕専門のECサイトも見られるようになっている。輸出においては、酒粕単体では食品として扱われる場合があり、酒類規制とは異なる流通経路を選べる点も、国際展開を後押しする要因の一つとして挙げられる。

発酵素材としての可能性が広がるとき

2026年現在、酒粕を「食材」として扱う機運は、日本国内では成熟しつつあり、国際市場では黎明期にある。フランスのビオディナミ農法に取り組む農場とのコラボレーション、北欧の発酵研究機関との共同プロジェクト、東南アジアのモダンダイニングとの接点。そうした複数の接点が、同時並行で広がっている段階である。

日本酒というカテゴリーが国際的に受容されつつあるなかで、その製造過程で生まれる素材が次の評価軸を形成しつつある。それは酒の文脈であり、食の文脈でもあり、発酵という人類の最も古い技術の一つが、再び食の最前線に立つ流れでもある。バンコクの飲食業界においても、酒粕という素材が選択肢として認識される日は近い。


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