ワインの「産地」を、熱帯が問い直す——タイ・カオヤイの挑戦

ワインの「産地」を、熱帯が問い直す——タイ・カオヤイの挑戦

バンコクのファインダイニングで、小さな変化が起きている。ワインリストの一角に「タイ産」のワインを載せる店が見られるようになった。国内外のガイドに名を連ねる現代タイ料理の店のなかにも、カオヤイ産のワインを置く例も現れている。

「タイにワインがある」。その事実は、多くの飲食関係者にとって、まだ認識の片隅にとどまっているかもしれない。だが実際には、タイは東南アジアのワイン産地として、少しずつ形を整えつつある。その中心にあるのが、カオヤイ国立公園の北側、コラート高原の南端にあたるパクチョン一帯(ナコンラチャシマ県)だ。GranMonte や PB Valley といったワイナリーが、ここに畑を構えている。

「乾いた収穫期」がない土地

資料によれば、畑の多くは標高300〜380メートル程度の高地にある。熱帯の低地と比べ、この高さでは昼と夜の寒暖差が生まれ、ブドウの糖・酸・香りの均衡が保たれやすくなる。

それでも、欧州のワイン産地が当然の前提とする条件が、ここにはない。「乾いた収穫期」だ。年間降水量は1,000ミリメートルを優に超え、パクチョン周辺では約1,500ミリメートルに達する。収穫の時季に、雨が降るのだ。タイには「モンスーン」を名に冠したワイナリー(ホアヒンの Monsoon Valley)もあり、その名は、この国の気候そのものを物語っている。

雨季と、どう向き合うか

熱帯のブドウ栽培では、「乾いた収穫期」という欧州の前提が通用しない。同じ難題に向き合うブラジルやインドでも、剪定の時期をずらし、乾季に熟す果実を収穫する工夫が重ねられてきた。タイの造り手もまた、雨季を避けて収穫時期を見極める固有のノウハウを積み上げている。

かつては年に二度収穫し、乾季と雨季それぞれの果実を、別々のワインに仕立てる「二期収穫」が行われていた。近年は品質を優先し、乾季(おおむね1〜3月)の年一回の収穫に絞る造り手も増えている。

高温多湿が招く病害も難題だ。葉の茂りを整えて風を通すキャノピー管理と、適切な防除などを組み合わせ、収量と品質の両立を図る。前例の少ない問いに、ひとつずつ答えを出してきた。その積み重ねが、熱帯高地のブドウ栽培に固有の知恵を形づくっている。

品種選びにも、同じ柔軟さが見られる。Syrah や Chenin Blanc といった国際品種を用いながらも、産地の条件に合うものを選び直す。それが、近年の造り手に共通する姿勢だ。

外からの評価

土産品という位置づけから、本格的なワインとして語られる対象へ。その変化を示す手がかりがある。国際的なワインコンクールで評価を受けるタイ産ワインが現れ、「熱帯のスパークリング」という見方も、少しずつ語られるようになってきた。英語圏のワイン・旅行メディアでも、タイを「訪れるべきワインの産地」として紹介する記事が見られる。外からの視線が加わることで、産地の輪郭が次第にはっきりしてきた。

「産地」は、定義される

ワインを「特定の気候でのみ成り立つもの」と見る考え方は、長く欧州の産地を基準としてきた。だがタイの造り手は、雨季と高温という条件のなかで、独自の技術と知識を築きつつある。

産地は、ただ発見されるのではない。造り手が栽培の判断を重ね、飲食の現場がそのワインを受け止め、書き手や読み手が語ることで、少しずつ定義されていく。カオヤイが欧州基準の「良い産地の条件」にどれだけ当てはまるかは、もはや主要な問いではない。熱帯の高地で積み上げられてきた技術と知識の蓄積は、東南アジアのワインを語るうえで、無視しにくいものになりつつある。


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