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「良い酒」は誰が決めるのか——バンコクの食卓と、あるワインライターの二択

2025年10月、海外のワインライターが、バンコクの食とワインについての長い記事を発表した。結論は明快である。この街では、本格的なタイ料理を優先するか、ワインを主役にするか、どちらかを選ぶしかない。書き手は、ミシュランの星を得た屋台料理の小さな店の料理と、高級店のワインリストを同じ卓に並べる夢を語り、どちらか一つを選ぶなら料理を取る、と締めている。
この二択の前提を、一人のソムリエの判断から考えてみたい。バンコクの高級タイ料理店を兄のシェフとともに営むソムリエは2020年、旧市街にパッタイと自然派ワインの小さな店を開いた。同じ年、その建物の上階で兄弟の高級店も営業を始めている(高級店はのちに同じ通りの別の建物へ移った)。高級店だけでなく、麺料理の店にもワインを置いたのである。本人はこのライターの取材に対し、パッタイ店を開業した年には客から「オレンジワインはオレンジから造るのか」と尋ねられ続けた、と語っている。ライターが記事を発表した時点で、この判断はすでに五年前から、二択が見落としているものを指し示していた。
味は、両立の障壁ではない
まず、両立しない理由が味にあるのかを確かめる。アジア各地の料理とワインの組み合わせを体系化したシンガポールの専門書は、タイ料理とワインを組み合わせるうえでの難敵を、唐辛子だと位置づけた。唐辛子の辛味はアルコールによって強まるため、度数の高い酒ほど組み合わせが難しくなる、という分析である。料理と飲みものの組み合わせを論理で説明した日本の実務書は、酒の性格を「ワインはタイト、日本酒はソフト、焼酎は透明」と整理し、辛味に対しては、味の主張が少ない焼酎が料理の邪魔をせず香りで支える、と書いた。
ライター自身も、この高級店で渋みの強い赤ワインと激辛の炒めものが成立したことを記事の中で認めている。理屈の上でも、現場でも、味の問題には解がある。両立しない理由は別の場所にある。
屋台は、合理的に設計されている
書き手の夢は、星を得た屋台料理の店に、高級店のワインリストを添えることだった。五千人の消費者を調べた経営学の研究は、うまくいく店は「品揃え・値ごろ・便利さ・接客・体験」の五つのうち一つで抜きん出て、一つで差をつけ、残り三つは業界並みにとどめている、と示している。すべてで一番を目指す店は力を散らして負ける。
路面の小さな食堂は料理で抜きん出て、手頃な価格で差をつけ、飲みものには大きく力を割かず、ビールにとどめている。記事によれば、前述の星付きの店でも飲みものはビールだけである。個別の店の経営判断までは確かめていないが、この構成は、料理への集中を優先する設計として読める。屋台にワインがないことは、欠陥ではなく設計の帰結だと考えるほうが自然である。
食卓が求めているのは、酒そのものではない
それでも、ビールの隣に別の選択肢が育たなかった理由は残る。ここで役に立つのが、「人は商品そのものではなく、その商品で何ができるかを買っている」という経営学の考え方である。よく知られた例がミルクシェイクで、朝の客が買っていたのは飲みものではなく、退屈な通勤時間をやり過ごす手段だった。競争相手は同じ棚の商品ではなく、同じことができる別の手段すべてである。
タイの食卓を観察すると、そこで求められているのは「料理に合う酒」ではない。一本の酒を複数人で共有する形が一般的で、注文の単位も一人分ではなく卓の単位になりやすい。กับแกล้ม(酒とともに食べる料理)という言葉が示す通り、酒と食べものは切り離されていない。食卓が酒に求めているのは、一人ひとりの味覚の満足ではなく、人数と時間の共有である。発酵の文化史をまとめた研究者は、発酵食品が世界各地で贈答と共有の媒体として機能してきたと論じた。タイの酒の飲まれ方との直接の因果を示すものではないが、この共有の形も、同じ系譜に重ねて読むことはできる。
もちろん、ワインも一本を複数人で分けることはできる。それでも共有の役割を担いにくかった理由は、いくつか考えられる。水や炭酸で割ることを前提とする蒸留酒は、濃さと量を卓の人数に合わせて調整でき、一本で長い時間をまかなえる。ワインは割らずに注ぐのが基本で、一本が受け持てる人数と時間には限りがある。加えて輸入ワインには2024年に撤廃されるまで高い関税がかかっており、日常の卓には置きにくかったと考えられる。ワインは「料理に合う」という求めには応えていたが、「皆で共有する」という求めには応えにくかった。ライターが見た空席は、ワインが座る席ではなかった。
空白は、中間にある
では、空席はどこにあるのか。高級店と屋台のあいだに位置する、気軽に入れる業態の店には、料理で抜きん出ながら飲みもので差をつけようとする試みがいくつか見られる。冒頭で触れたソムリエのパッタイ店も、その一例である。ほかにも、กับแกล้มを現代的に再解釈すると公言する店や、東北タイの内臓料理に自然派ワインを添える店が、2026年版のガイドや近年のレビューで確認できる。歴史的なタイ料理を掘り起こす店の一つは、2023年にタイの米酒、サトーを取り入れた。
こうした店で選ばれる酒の条件は、料理との相性に理があり、共有する飲み方になじみ、料理の魅力を損なわないことだろう。その条件を満たす酒は、ワインの外にもあるはずだ。ただし、バンコクの卓でその席が埋まるかどうかは、まだ誰も確かめていない。
冒頭のソムリエが2020年に置いたのは、ワインというより「日常の食卓にも選択肢がある」という仮説だった。ライターの二択は、その仮説が検証されている途上の街を、外から見た記録として読むことができる。書き手が夢見た卓は、まだ誰の店にもない。ただ、2020年のパッタイ店の試みは、その卓を高級店の側からではなく、日常の側から組み立て直す道があることを示している。
This article is intended solely to explore the food culture and drinks landscape of Bangkok’s restaurants and the ideas of the cited authors, and does not aim to promote or encourage the consumption of alcohol. / บทความนี้จัดทำขึ้นเพื่อนำเสนอข้อมูลเกี่ยวกับวัฒนธรรมอาหารและภูมิทัศน์เครื่องดื่มของร้านอาหารในกรุงเทพฯ และแนวคิดของผู้เขียนที่อ้างถึงเท่านั้น มิได้มีเจตนาเพื่อส่งเสริมหรือโฆษณาเครื่องดื่มแอลกอฮอล์ สำหรับผู้มีอายุ 20 ปีขึ้นไป โปรดดื่มอย่างรับผิดชอบ
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