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日本酒の歴史が、奈良の山寺につながる理由|正暦寺の酒造り

山寺と石段、渓流、紅葉を描いたビンテージペーパーコラージュ。

日本の古都、奈良。その市街地から離れた山あいに、正暦寺(しょうりゃくじ)という仏教の寺がある。秋には紅葉に包まれるこの寺は、日本酒の歴史に関わる場所でもある。

境内に立つ石碑には、「日本清酒発祥之地」の文字が刻まれている。ここでいう「発祥」は、日本で初めて酒が造られたという意味ではない。今日の日本酒造りにつながる技術が育った場所として、正暦寺は知られているのだ。

「日本清酒発祥之地」と刻まれた石碑と、周囲の紅葉を描いた画像。

では、なぜ仏教の寺と酒造りが結び付くのだろう。その背景からたどってみたい。

寺も、酒造りの技術が育つ場所だった

正暦寺の説明によると、かつて寺では、寺に納められた米を使い、神仏に供える酒を造っていた。寺で造る酒は「僧坊酒(そうぼうしゅ)」と呼ばれ、中世の奈良で発達した。正暦寺も、その大きな拠点の一つだったという。

酒造りには、原料をどう使い、発酵をどう進め、出来上がった酒をどう保つかという工夫が必要になる。正暦寺では、原料を何回かに分けて加える仕込みや、加熱して酒の変質を防ぐ処理などが行われていたと伝えられている。

米の使い方にも特徴があった。日本酒造りでは、蒸した米に麹菌という微生物を育て、「米麹(こめこうじ)」を造る。米麹には、米のでんぷんを糖に分解する働きがある。

この米麹を造るための米と、そのほかに仕込む米。両方に、表面を磨いた白米を使うのが「諸白(もろはく)」だ。「白」は酒の色ではなく、使う米の状態を示している。こうした原料の扱い方も、現代の日本酒につながる技術の一つなのである。

発酵を始める準備が「酒母」

米からできた糖をアルコールに変えるのは、酵母という別の微生物だ。一般的な日本酒造りでは、大きな仕込みの前に、小さな容器で酵母を十分に増やす。こうして造る、酵母を多く含んだ発酵の元が「酒母(しゅぼ)」である。

正暦寺に関わる「菩提酛(ぼだいもと)」も、酒母の一種である。特徴は、あらかじめ乳酸発酵によって酸性になった水を用意し、酒母を造るときに使うこと。この水が「そやし水」だ。

そやし水は、蒸す前の米を水に浸し、乳酸菌の働きを利用して造る。酸性の環境では、酒造りに好ましくない菌の増殖が抑えられ、酵母を育てやすくなる。自然の働きを利用しながら、発酵の順序を整える工夫といえるだろう。

似た名前の「菩提泉(ぼだいせん)」は、酒そのものの名だ。昔の酒造書『御酒之日記』には、その造り方が残る。菩提酛の復活に取り組んだ研究会によると、そこには酒母を使う工程は記されていない。菩提泉という酒と、菩提酛という発酵の元を分けると、二つの名前が分かりやすくなる。

寺で造る酒母を、それぞれの酒蔵へ

正暦寺の酒造りは、中世からずっと続いていたわけではない。一度途絶えたあと、奈良県内の酒蔵の人々が、寺や奈良県工業技術センターという研究機関と協力し、再開を目指した。

古い資料を読み、寺に由来する微生物を調べ、仕込みの方法を研究する。そうした準備を経て、1998年12月に寺へ酒母製造免許が交付され、1999年1月に仕込みが再開された。

現在も、寺で共同して造った菩提酛を、それぞれの酒蔵が持ち帰っている。各蔵では、そこにさらに米麹や蒸した米、水を加え、酒造りを進める。寺が発酵の元を造り、酒蔵が酒に仕上げるという役割分担だ。

正暦寺の歴史は、昔の製法を知るだけの話ではない。文献に残る知恵を研究し、実際に仕込み、次の世代も続けられる仕事にする。その積み重ねが、山寺と今の日本酒造りをつないでいる。「発祥の地」という石碑の向こうには、技術を育てた人と、もう一度動かした人の両方の姿がある。


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