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「時間という食材」――麹が厨房にもたらしたのは、風味だけではなく発酵の時計である

ミシュランガイドの調査員が挙げた2026年の食のトレンドは、七つある。そのうちの一つが「Time Is an Ingredient(時間という食材)」という項目である。野菜も魚も肉も、漬け込むか、ゆっくりと発酵させる。麹が使われることもある。記事にはそう書かれている。
時間を食材と呼ぶのは、少し大げさに聞こえるかもしれない。だが麹が世界の厨房に広がっていった道筋を見ると、この言い方はかなり正確である。
買う発酵と、始める発酵
東南アジアは、発酵食品の層が厚い地域である。タイのナムプラー(魚醤)とカピ(エビを発酵させたペースト)、マレーシアのブラチャン、ベトナムのヌクマム、インドネシアのテラシ。いずれも長い時間をかけてつくられ、それぞれの国の料理の骨格をなしている。
ただし、これらには共通点がある。厨房に届く時点で、主要な仕込みは産地ですでに終えられているという点だ。産地の職人が、その土地の気候と製法で仕込む。料理人はそれを買って使う。そこに要した時間は、厨房の外側にある。
麹はここが違う。麹を何に、どんな温度と湿度で、どれだけの期間あてるか。その判断が厨房の内側に入ってくる。「時間という食材」という名づけが指しているのは、この移動である。
酵素は、原料の国籍を問わない
麹菌がつくる主な酵素は二つある。タンパク質を分解してアミノ酸を生じさせるプロテアーゼと、でんぷんを分解して糖を生じさせるアミラーゼである。旨味や甘みは、この分解の結果として現れる。
厳密にいえば、これは麹菌の酵素による分解であって、酵母や乳酸菌の働きによる発酵とは別の作用である。ただし料理の現場では、こうした変化を含む仕込み全体が、慣用的に「発酵」と呼ばれることが多い。
ここで大切なのは、これらの酵素が日本の米や大豆だけに働くわけではない、という点だ。タンパク質があればプロテアーゼは働き、でんぷんがあればアミラーゼは働く。原料がどこの国のものかは、酵素にとって関係がない。
もっとも、どんな食材にも同じように効くわけではない。でんぷんの少ない果実では、アミラーゼの出番は乏しい。酵素の働きを説明しやすいのは、肉や魚、豆、でんぷん質の多い根菜といった、酵素の作用対象がはっきりしている食材である。
それでも意味は小さくない。麹は、日本の味を再現するための道具ではなく、その土地の食材がもともと持っている可能性を引き出すための技術だということになる。
すでに始まっていること
『South China Morning Post』は2026年8月、香港のファインダイニングで発酵が調理の構造そのものを変えつつあると報じた。コンブチャづくり、味噌の仕込み、乳酸発酵。仕込みの工程を厨房の中に抱える店が増えている。
バンコクも後を追う側ではない。先のミシュランの記事は、店内で発酵に取り組む例としてバンコクのバーン・テパを挙げている。また、同記事では麹にも触れている。仕込みの時間を厨房の内側で設計する動きは、この街でもすでに始まっている。
麹を扱う私たちの立場から見ても、求められるものは変わってきた。完成した調味料を求める厨房と、麹そのものを求める厨房とでは、必要な説明がまるで違う。KOUJI ALCHEMIST by salon du japonisant で麹を軸に据えているのも、この違いを踏まえた説明を店の側で担うためである。
時計を手にした料理人
麹が広がりつつあることを「日本の発酵文化が世界に受け入れられた」と要約すると、たぶん半分しか説明できていない。厨房が受け取ったのは、味噌や醤油という完成品ではなく、仕込みの時間を自分で決める手立てのほうだったからだ。
時計を手にした料理人は、自分の土地の食材に、自分で決めた時間をあてはじめる。そこから出てくるものは、単純に日本の味ともタイの味とも呼べない。その厨房にしか存在しない何かである。
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